諸橋近代美術館
福島へ行きました。福島も数年前からご縁を頂き、しばしば訪れる場所です。
この日(2019/10/09) は、その道すがらに、裏磐梯の諸橋近代美術館へ行きました。前回訪れた時は、閉館中で門の外から眺めておりました。
諸橋近代美術館は、裏磐梯の大自然の中の広大な敷地に、お城のように建てられています。今回は開いていました。美術館の前には見事な池があります。蓮の花が咲き、映し鏡となって、建物や大空を映しておりました。ちょうど太陽の日が穏やかな、綺麗な秋の紅葉の頃でした。創設者の方は ”中世の馬小屋” をイメージとしたそうです。
諸橋近代美術館は、アジアで唯一、ダリの常設美術館です。ダリの絵画、彫刻、版画作品が330点コレクションしているそうです。そのほかにも、個性的な絵画が70点ほど。
わたしは、ダリについては、中学生の頃の美術の時間に見た、時計が溶けているような絵、正式名は「記憶の固執」 というのだそうですが、、そのくらいしか知りませんでした。
今回訪れてみて、驚いた発見がたくさんありました。
サルバドール・ダリ
わたしも顔だけは見覚えがありました。口ひげをピーンと立てて、すごい形相でこちらを見ている写真です。この口ひげ、カイゼル髭と呼ばれていますが、水飴で固めていたそうです。本当か嘘(ユニーク)かは分かりませんが、、。
ダリに関しては、たくさんの奇行や逸話が残されているようです。
講演会の登壇に潜水服を着てきたが、酸素吸入がうまくいかずに大変なことになった、
とか、
リーゼントヘアーと言って、フランスパンを頭に縛って登場したり、
とか、
像に乗って凱旋門を訪れた、
とか、、。
ダリは " 自分は天才だ ” と言い続けたそうです。
そして、「天才になるには天才のふりをすればいい」、とう言葉も残しているそうです。
たくさんんの奇行や逸話があるようですが、本当に親しい友人の前では、とても細やかで、気の利く常識人だったそうです。
こういうところが、わたし的にはとても好きです。とても人間味が溢れているというか、ダリの奥深さが感じられます。
本質的な部分とは、少し向き合ってみないと見えてこないものですね。
ほかにもたくさんの名言を残しているようです。
作品はその人の人生です。その人の人生に触れると、またいろいろなものが見えてきます。
シュルレアリスム
ダリは「シュルレアリスム」の画家として知られていますが、日本語では、シュル=超、レアリスム=写実主義、現実主義、から「超現実主義」と訳されているようです。
1924年、第一次世界大戦後に、フランスの詩人、アンドレ・ブルトンから始まった芸術界の思想運動の流れ、とされています。
「夢と現実の矛盾した状態の表現」と位置づけられ、あらゆる芸術、生活、政治にまでも影響を与えたそうです。
言葉にすると、とても難しいです。
作品を見た方がイメージが分かりやすいですね。
ダリはその中でも、「あるイメージをあるイメージに重ね合わせて表現するダブルイメージ」の手法を発明して自身の作品を創り上げていったそうです。
先ほどの「記憶の固執」は、時計とカマンベールチーズを重ね合わせているそうです。
ダリと原発
わたしが最も驚いたことは、ダリの作品に、原発に関係したものが多かったことです。
調べてみると、第二次世界大戦中、ダリは米国に移住していました。そこで、広島、長崎への原爆投下を知ったそうです。
1つの物質が別の物質に変わるということが、現実の世界で起こったことに、とてつもない恐怖を覚えたそうです。
ダリは `1940年以降(原爆投下以降) 、科学、とくに原子物理学に関心を深め、その理論を絵画に反映させ、さらには、そこから宗教と科学の融合へと向かった ` と、説明文を読みました。
無言のうちに語りかけてくるこれら作品の数々は、確かな主張を私たちに投げかけてくれます。
彫刻
わたしは彫刻作品も好きなのですが、ダリの彫刻もまた素晴らしかったです。
本当に天才なんだ、、と、感じてしまいます。
中でも「人の形をしたキャビネット」と題された、横になった人の胸がいくつもの引き出しになっているような作品は、とても印象深く魅力的でした。
わたしにとっては、とても "ダンス的“ で、惹きつけられました。気に入った彫刻のある空間にはいつまででも居られます。
ジョルジュ・デ・キリコ
実は今回、絵画では、デ・キリコの作品に惹かれました。
「政治家のいるイタリア広場」
この絵画を観た時には、タイトルは覚えておらず、後で調べました。
タイトルよりも先に絵の世界に浸ってしまいました。
キリコの絵は、`何故か不安を覚える`と言ったコメントなども見かけましが、わたしは、その絵の静けさに惹きつけられました。
本当に時間が止まったようであり、今にも何かが動き出しそうな、そんな緊張感のようなものを感じ、じっと見入ってしまいました。
そして、それが心地好かったのです。
ダリの作品との対比の中でそのように感じてしまったのかもしれませんが、何か強烈にわたしに印象ずけるものがありました。
形而上絵画
第一次世界大戦中からキリコは自身の絵画を「形而上絵画」と名乗るようになったそうです。
「形而上」とは、「形を持たないもの、有形の世界の奥にある深淵で究極的なもの」という哲学用語だそうです。
そしてキリコは、ニーチェの言葉、" 謎以外に何を愛しえようか ” を座右の銘とし、ニーチェの「世界の無意味さ」という観念に深く共感したそうです。
そして、詩人 ジャン・コクトーはキリコを “ 世俗の神秘を描く画家 ” と評したそうです。
ここはもう少し勉強が必要です。
第一次世界大戦中ということもあり、ニーチェの世界観もあり、当時の世の中の風潮や動向、そして、芸術のあり方などを調べてみたくなりました。
今後の課題です。
「形而上絵画」は「シュルレアリスム」に大きな影響をあたえたとされていますが、古典的な雰囲気や静けさが漂う「形而上絵画」と、刺激的で挑発的な「シュルレアリスム」と、中身はまるで別の物なのですね。
両極のものが影響し合うということの、不思議さ と 必然性 が感じられてなりません。
カフェ
諸橋近代美術館を入ってすぐに素敵なカフェがありました。この時は、不思議な実験室のような雰囲気もありました。
「メイ・ウエストの唇」と題した、唇の形をしたソファが心地よい主張をしてきます。
この日は窓から気持ちの良い光が差し込み、ヨーロッパにいるような胸の高鳴りを感じました。
ハロウィンも近かったためか、メニューも不思議なものがいくつもありました。
ダリとキリコと大自然。
少し落ち着いて頭の中を整理するには、とても有意義な時間と空間です。
形而上絵画と幽玄の接点を探る (序章)
「形而上絵画」の説明を調べていると、わたしの中で、日本文化の美 「幽玄」 と結びついてきました。
キリコの作品は、見た目からは 日本的な幽玄の美 は、感じられなかったのですが、わたしが、キリコの絵を見たときに感じた「懐かしさ」 みたいなものは、この感覚的な部分の接点なのかもしれない、と思うようになりました。
「ものごとの趣が奥深く、はかりしれないあり方」。
表現方法は異なれど、中世日本の文学や芸能の美的理念の1つ「幽玄」は、「形而上」という言い方で、西洋では求められていたのかもしれませんね。
共通することは、
言葉では表せない、その奥に確かに存在する揺るぎのない世界。。。
「形而上絵画」とは、西洋的な「幽玄」のあり方、なのかもしれません。
そしてまた、この " 言葉では表すことの出来ないもの “ が、何なのか、、、。
これがわたしの追い求めていることの1つなのかもしれません。